英国セント・キルダ島で知った
何も持たない生き方
井形慶子
ちくま文庫、2013
題名のとおり、「何も持たない生き方」で暮らす人びとを描いたものである。
「この世の果て」の人びとの暮らしぶり、生き方は、ぼくたちの生活のすべてを根底から問わずにはおられないだろう。
イギリス北部に浮かぶ絶海の孤島の小さなコミュニティ。
セント・キルダ島。
この島は「大西洋に浮かぶ最果てのイギリス」とよばれるが、その形容にふさわしく、荒くうねる波と絶壁の断崖に阻まれ、イギリス本土とこの島を結ぶ定期航路はなく、交通手段もごく限られている。
イギリス本土という文明と隔絶された場所であることによって、文明の恩恵ではなく、文明の害悪から逃れられた、世界でも稀な聖域となった。
この島の住人たちは、朝めざめるとみんなが集まって、きょう何をするのかを決める。
島は食糧資源にとぼしく、カツオドリとフルマカモメが貴重な食糧源であり、それが島民の主食だった。そして、その捕獲された海鳥は、すべての島民に分け隔てられることなく平等に支給された。
もし、カール・マルクスがこのコミュニティを見たら、こここそが「原始共産制」と喝采しただろう。「彼らには賃金を得るために働くという意味がはっきり分かっていなかった」というのだから。
この島民たちの在り方は、アベノミクスに代表される、この国の時流とは対極だ。
ぼくたち人間は、別に「成長戦略」で無理やり経済をかさ上げしなくても、人びとと過剰な競争をしなくても、そして何も持たない生き方であっても、少なくても現在の日本人より「幸福」に生きられるコミュニティの在り方がある、ということを本書は教えてくれる。
この島を訪れた作家は島民の暮らしぶりについて、こう記している。
「軍隊、金、法律、医学、政治、税を持たない社会が今やこの世のどこにあるか。この島で政府とは島民たちのことで、彼らは自分たちの頭で考え、行動して、小さな社会を作っている。これは驚異だ」
また、学者の感想はこうだ。
「セント・キルダの住民たちは、世界の大部分の人たちよりかなり幸せである。いや、本当の自由な暮らしを送れる世界でも唯一の人々ではないか」
そして、この島は「全ての魂がもどっていく」とよばれる。
そういえば、ぼくたちには「ニライカナイ」というものがあったことを思い出した。
沖縄や奄美群島には、魂はニライカナイより来て、死者の魂はニライカナイに還る、というあの伝承だ……。
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