2013年5月31日金曜日

アベノミクス成長戦略に「原発活用」って、アホノリスクの本領発揮ですか

けさは雨も上がって、絵に描いたような五月晴れ。

すがすがしい気分で朝刊を自宅ポストからとり、巻頭の見出しが眼に入った瞬間、一気に気分は爽快から暗鬱に。

これがほんとの曇天がえし(?)

いや、冗談言ってる場合やないのです。

ちょっと、これみてください。


成長戦略に「原発活用」

政権素案 再稼働の推進明記

原発依存社会を継続

(朝日新聞朝刊、5月31日、1面)
 

どうですか? 
 
みなさまの気分を害させて申し訳ないです。
 
6月にまとめるアベノミクスの経済戦略に「原発活用」を盛り込むとか。
 
「原発活用」って、どんだけアホなんや、と絶句しますよね。
 
巷では、アベノミクスを「アホノミクス」とか「アベノリスク」とか呼んでますが、ぼくはまとめて「アホノリスク」とさせていただきました。
 
これ、ほんと、冗談でなく、史上空前の最悪リスクです。
 
原発事故で16万人が自宅を放棄して避難生活に追い込まれ、福島県を中心に東北・関東・北陸・中部に住む4千万はくだらないという人たちが被曝し、太平洋沿岸から一帯の海洋に棲む魚介類を放射能まみれにし、被曝後5年から急増するという晩発性放射能障害に多くの人がおびえているのに、それでもまだ原発をやろうっていうのです。
 
それに、こんど福島に震度6程度の地震が起きれば、4号機プールが崩壊する可能性が大。
 
そうなると、すくなくても日本は滅ぶでしょ。
 
そんなとき、「成長戦略」もへったくれもないわけです。
 
この「原発活用」を盛り込む成長戦略って、7月の参院選を見据えての選挙戦略ですから、安倍政権は原発で正規戦をやるつもりなんですかね。
 
原発再稼働に向けて「政府一丸となって最大限取り組む」ということですが、そんなことより、4号機の安全対策や福島第一の事故処理、それに遅々と捗らない避難生活をしている人たちへの補償、被曝した福島や東北・関東近県の子供たちをはじめとした健康調査にこそ、「政府一丸となって最大限取り組む」べきではないでしょうか。
 
おっと、けさの朝日新聞一面の「原発活用」のとなりに、こんな見出しがありました。

 
東証また急落737円安

1週間で2000円 時価総額48兆円減

 
アホノリスクではじめた「異次元の金融緩和」で急騰した株価だけど、ここにきて急落に次ぐ急落です。
 
株価で政権支持率が高かったのですから、株が下がれば支持率もとうぜん下がるでしょうね。
 
「原発活用」と「東証また急落」が同じ1面って、完全にシンクロしてます。
 
「原発活用にて山河なし」「株価下がりて山河あり」ってとこですか。
 
異次元のアホ政策、「アホノリスク」を一刻も早くやめていただきたいものです。

2013年5月28日火曜日

原発事故後、東大放射線医療研究室の専門医たちは妻子を九州や関西に避難させていた!

「私の研究室にいる、放射線医療を専門とする医者のうち何人もが、原発事故の後、妻子を九州や関西に避難させたのですが……」

この「私」とは、東大医学部付属病院放射線科准教授の中川恵一である。

そう多くの人から、「御用」って札をつけられた、あの御方である。

その御仁みずから、共著書(『低線量被曝のモラル』)でこう述べたのだ。

3・11の福島原発事故から数か月あまり、主に東大や東工大の放射線の専門家と称する学者がテレビに登場しては、「ただちに健康への影響はない」「子供は外で遊ばせても大丈夫」「放射能よりタバコのほうが危険」などと公言していたが、その裏ではこのありさまだったのだ。

事故当時、当時の官房長官をはじめ政治家の家族が関西や外国に避難した、といううわさが飛び交ったが、すくなくとも東大の放射線医療の何人もの研究医たちは、事故後真っ先に妻子を避難させていたことは事実だったのである。

この切迫した危機的事態を知らぬは、テレビの前で彼ら専門家のことばを信じた庶民ばかり。

この『低線量被曝のモラル』(河出書房新社)は、中川をはじめ児玉龍彦や島薗進など東大教員名の共著である。

例によって中川は、本書でも問題発言を連発しており、他の共著者からもその「問題」を指摘されている。

なかでも共著者の一人である影浦峡(情報媒体論、言語メディア論専攻)は、中川の偽りのレトリックを痛快にあばく。

しかしそれにしても、つぎの中川の発言は聞き捨てならない。

「われわれにとっての被曝の問題とは、がんが増える可能性があるということだけです」

こんなことばが放射線専門医から発せられるというのは、もう「問題」を超えて「犯罪」の領域ではないだろうか。

ところで中川さん、『低線量被曝のモラル』って、「モラル」の意味をご存じ?

2013年5月25日土曜日

調査委の超巨大南海トラフ地震「50年以内に90%」って、伊方・浜岡原発ヤバすぎ!

政府の地震調査委員会は、南海トラフで起きる可能性がきわめて高い、マグニチュード8~9級の巨大地震の発生確率を発表した。

それによると、10年以内に20%、30年以内に60~70%、50年以内では90%以内に起こり得るというのだ。

調査委は「切迫性が高い」とまで表現した。

これは「リアルにあるよ」ということであり、「きょう、あすに起きても不思議ではない」という警告である。

南海トラフは駿河湾から九州沖にひろがり、これまでM8以上の大地震が何度も記録されている。

そして、この一帯には、四国電力の伊方原発、中部電力の浜岡原発が建ってしまっている。

M9っていえば、3.11の東北沖地震と同じだ。

こんな超巨大地震が、この二か所の原発を襲えば、「福島原発の二の舞」って、ふつうに想像してしまう。

とりあえず原発の核燃料を、地震から守る安全な場所に移そう。

ほんと、この列島から、一刻も早くすべての原発を撤去しないと、この日本は「廃国」ってことになる。

そうなると、「アホノリスク」じゃなかった「アベノミクス」も「改憲」も「国土強靭化」も「美しいニッポン」もへったくれも、ぜんぶないんだよ。

廃炉が先か、廃国が先か、時間がリアルに迫っている。

このままだと、ぼくたちがこの国に住める時間は、もう多くは残されていない。

そう、「切迫性が高い」のだ。

2013年5月21日火曜日

「裁かれるべき人間が、被害者に命令している」井戸川克隆・前双葉町長

きょう(21日)の朝日新聞朝刊「プロメテウスの罠」に掲載された井戸川克隆・前双葉町長のことばに、資源エネルギー庁や経産省、政府、東電など、原子力ムラへの怒りがふつふつこみあげた。

4月2日、福島原発4号機と核燃料プールの安全性についての市民団体の集会が衆議院第二議員会館で開かれ、井戸川前町長は出席していたエネ庁担当者に質問をした。

「あなたがた政府の人は、4号機が安全だと明言しない。それなのになぜ、そんなところに私たちを帰そうとしているのですか」

それにエネ庁担当者は「私はそれを話す立場にありません」と答えた。

いま「プロメテウスの罠」は「家が買えない」というタイトルで連載されている。

その内容は、福島原発から避難した人たちが、元の住居から離れた土地に家を立てる場合、東電から不当に安い賠償金しか提示されず、その賠償交渉に、経産省など政府が東電サイドでリードしていることを明らかにしたものだ。

本連載、ひさびさの鋭い切っ先である。

原発を推進してきたのは経産省であり、本省退職者の多くが原発メーカーなど、原子力ムラに天下りしていることはよく知られている。

そしてなにより、福島原発事故の責任の多くはこの経産省にある。

(経産省役人の天下り先の利益のために原発は存在する、と最近とくに強く思う)

そう、まさに事故の加害者であり、裁かれるべき側の人間なのだ。

そんな人間が、被害者である避難した人たちにたいして、安全だと明言できない原発近くの自宅に帰そうとする。

避難した人たちが、自宅は危険だから、新たに別の土地に家を建てたいといえば、現実的にとても買えない、不当に低い賠償金しか提示しない東電側に立って避難した人たちに命令する。

そして、そんな政府の役人たちに向けて、井戸川さんはこう述べたのだ。

「裁かれるべき人間が、私たち被害者に右向け、左向けって命令している。こんなことってありますか。いま裁いているのはニセ黄門なんですよ」

 

2013年5月17日金曜日

江戸川のウナギから基準値超えるセシウム。その事実を知りながら都と千葉県は隠蔽

江戸川は東京都と千葉県の県境を流れ、この流域には数千万の住民が暮らす。

この川で獲れたウナギから、基準値を大幅に超える147.5ベクレルの放射性セシウムが検出された。

とうぜん都と千葉県は、住民にその事実を知らせる責務がある。

だが、都と千葉県は水産庁からこの報告を受けながら、調査も公表もしなかった。

セシウムという猛毒が含まれるウナギが棲息し、それを食する可能性があり、自治体はそれを知っているのかかわらず住民に知らせなかったのだ。

これは職務怠慢という「過失」として済まされるものではない。

それは確たる重罪行為である。

これは法律でいう、罪を犯すことを積極的に意図しないが、自分の行為によって実害が発生することを知っている「未必の故意」にあたる。

積極的ではないが、そこには犯罪的悪意が潜んでおり、過失犯ではなく故意犯として重い処罰が適用される。

ところで、江戸川のウナギがあぶないなら、関東に流れる河川の川魚や、その流域から注ぎ込む東京湾の魚介類もとうぜんウナギに匹敵する危険性があるはずだ。

たとえば、あんたがうまいと舌鼓を打ったあの江戸前のアナゴのにぎり、ちょいとやばいかも。

だけど、このことにたいする自治体の公表やマスメディアの報道は、ほぼまったく皆無である。

ぼくは太平洋岸の北海道から近畿以北の魚介類は食べない。

食べるのはほとんど、九州産や日本海産だ。

平気で食べる人もいるけど、ぼくにはそんな勇気はない。

まあ、おとなは自分で選択することができるが、せめて子供たちにはこんなものを食べさせてはいけない。

もし、おとなが子供にそんな魚介類を食べさせたら、そのおとなは未必の故意にあたるのではないか。

そう重罪である。

2013年5月14日火曜日

福島第一の地下水放出。東電は県漁連の了承だけで放出できるのか

きのう13日は東電福島第一原発の敷地内の地下水を海に流すことめぐって、右往左往した一日だった。

福島県漁業協同組合連合会(県漁連)の組合長会議では「了承」されると見通され、13日の朝日新聞ではデジタル版、紙版の夕刊トップでも、「了承」という見出しが付いた。(けさ14日の朝刊では「結論先送り」と一面に出した)

ところが、県漁連の組合員から異論が噴出、「了承」の結論は「先送り」となった。

了承となった場合、東電は翌14日にも放出するつもりだったので、ひとまず最悪の選択は停止することになった。


というか、危機一髪で回避というところだ。だけど、県漁連の了承があれば地下水を海に放出してもいいのだ、という構図で事態が焦点化されていることに疑問をいだくのは筆者だけではあるまい。

ほとんどのマスメディアは、この構図でしか論調しない。

きのうも述べたが、ひとつの漁連とひとつの電力会社との関係のみで、この問題が処理されるのはおかしい。

いうまでもないことだけど、海洋は漁師や東電だけのものではない。

この問題は、地球全体の環境にとって、取り返しがつかない事態が想定されるのである。

環境に悪影響をあたえるものを投棄することは法律で禁止され、通常は刑事罰の対象となるはずだが、環境省及び、地元自治体、政府はこの問題に関知したのだろうか。

また、放出予定の地下水は、汚染処理水と混同されており、地下水の放射性物質濃度は周辺の川の濃度より低いから放出してもいい、というのが東電の放出のための口実である。

だけど、地下水は東電発表でも1リットルあたり最大0.18ベクレルあり、「汚染」されていることにはちがいないのだ。

また、その放出する地下水域の地上部では、汚染水漏れした貯水槽が設置されている。

さらに、放出された場合、その放射性物質の総量はどれだけになるのだろうか。

この地下水放出は、地球の未来に「取り返しがつかない」事態をはらんでいること、そしてそれにたいして日本は世界にたいして責任があることを、ぼくたちは肝に銘じるべきだろう。

 

2013年5月13日月曜日

速報!ゆれる県漁連。汚染水の海への放出、了承から一転、先送りに

共同通信が伝えたところによれば、福島第一原発の地下水の海洋投棄について、福島県漁連は組合長会議でいったん了承したとされたが、会議終了後に一転して結論を先送りにした。

緊急拡散!こんなとんでもないニュースが!「福島第一の地下水放出、県漁連が了承へ 安全確認条件に」

いま、朝日新聞のデジタル版を見たら、「福島第一の地下水放出、県漁連が了承へ 安全確認条件に」という見出しが。

東電は、自分たちの利益にならないことなら、生命を育む海を殺しても平気なのだ。

地元の漁連が許可しただけで、そんな危険性をおびた水を海に捨ててしまえるのか。

海は地元の漁師だけのものではない。

これは、東京電力という一企業と、福島県漁連という一漁業団体の問題ではない。

日本人だけではなく、世界中の人びと、いや地球に棲むすべての生物のものである。

海は放射能に汚染された水の捨て場所ではない! 

いくら、冷却水が溜まっても、海に絶対捨てるな! 

政府は、いったいなにをやってんだろ。

2013年5月10日金曜日

そうか、日本の首相って、原子力ムラのセールスマンだったんだ

久しぶりに浜田省吾の『僕と彼女と週末に』を聴いていて、ふっと「そっか、安倍も菅も鳩山も、原発のトップセールスマンとして、原子力ムラから雇われたんだ」ってひらめいた。

そう、この歌詞の「売れるものなら、どんなものでも売る」っていうところでね。
 
ほんと、安倍も菅も鳩山も、自分が売ったもので、人が病になろうが、死に至らしめようが、人類を破滅させようが、そんなことはおかまいなく、売るんだよな。
 
ほんと、売れるものなら、どんなものでもね。
 
自国の何十万という人たちが原発のために、家を土地を職場を故郷を離れて逃げ出しているというのに、そんなとんでもないものを他国に売りつけようっていうんだから。
 
安倍は連休中にトルコ首相と会談し、日本の原発を輸出することを決めてきた。

菅それに鳩山も首相だったとき、ベトナムに原発を売り込んだよな。
 
この3人の首相経験者は、みんな原発セールスに、ものすごい情熱を注いだもの。
 
こいつら、きっと原子力ムラから、原発のセールスマンとして採用されたんだ。
 
もしかしたら、日本国首相って、株式会社原子力ムラの国際営業担当の筆頭部署かもしれない。
 
そして、この唄はこうつづく。
 
「恐れを知らぬ 自惚れた人は 宇宙の力を 悪魔に変えた」
 
恐れを知らぬこいつらは、悪魔に魂を売った、死のセールスマンだ。

もうかれこれ30年ほど前、浜田省吾を彼の故郷ヒロシマで、単独インタビューしたことを、いま思いだした。

彼とぼくはタメドシ。彼に負けないように、ぼくもがんばらなくっちゃね。

ああ、ハマショウのコンサートに無性に行きたくなってきたよ。

追記 
いま書いたものを読み直したら、『僕と彼女と週末』を『僕と彼女と終末』って、変換ミスしていた。でも、このまま原発が再稼働されると「終末」も近いかもね。
 

2013年5月8日水曜日

安倍首相の「日本人は和を重んじ、排他的な国民ではなかったはずだ」について言っておきたい


安倍首相は7日の参院予算委員会において、東京・新大久保や大阪・鶴橋で、「朝鮮人を殺せ」などの差別排外的なヘイトスピーチを連呼しながらデモすることについて、次のように語った。
 
「日本人は和を重んじ、排他的な国民ではなかったはずだ。どんなときも礼儀正しく、寛容で謙虚でなければならないと考えるのが日本人だ」
 
首相が述べるように、すべての日本人がこうであればいいのだけど、その実態はかなり怪しい。
 
現に、現職の都知事が五輪招致に関連したインタビューでの発言で国際的な非難の的となったし、前都知事で現職の国会議員は、排他的言辞を公然と連発している。
 
ところで、首相が「日本人が和を重んじ」と述べたが、この「和」について言っておきたいことがある。
 
たしかに和は、日本および日本人を象徴した語である。また和は、時の権力者に重宝された都合のいいキャッチコピーでもある。和は政治的タームなのだ。
 
これまで「和」は、この列島の時代的転換点で幾度か登場した。まず、聖徳太子が定めたとされる「十七条憲法」の第一条に「和をもって貴しとす」とある。憲法の冒頭が「和」ではじまった国である。
 
また、「大和魂」は、日本民族固有の精神として、明治の帝国主義的ナショナリズムのスローガンとなった。勇敢で潔い大和魂を日本人はもっているということで、戦争で死ぬことを美談とした。
 
そう、「和」の精神が、日本人を外国侵略へと駆り立て、数百万の日本人を殺したのである。
 
ところがほんらいの「大和魂」とは、源氏物語に見られるように、女性的な優しい情緒をもった感性を表したものだ。これはぼくだけがそう言っているのではなく、辞書や事典にもそう書いてある。
 
拙著『天皇家の食卓』は、「不思議の国の和の食」について述べたものだが、まあ、日本食を和食とよぶことについて一考したものだ。
 
和は米から生まれた。縄文後期、この列島に水田稲作技術が中国から渡来し、その水田灌漑のための開発によって誕生した、稲作を主とする共同体「ムラ」から発露した心情が「和」である。
 
段差や凹凸の激しい土地を水平面にして水田に開発するための難工事にも、さらに田に水を引く水利管理を公平におこなうためにも、一致協力した共同体でなければならなかった。
 
この水稲開発から維持の過程で、共同体に醸成されたのが「和」である。和は人びとが共同で事をおこなうには最適のチームスピリットとなる。
 
しかし、和は肯定面だけではない。日本のコミュニティや組織を支配する「空気を読む」同調圧力は、ムラ社会のこの心情が根っこにある。
 
ムラのウチにこそ和があり、ソトには存在しない。しっくりしない感じを「違和感」、「鬼は外、福は内」とよぶ国である。そう、日本人は和を重んじることで、排他的にもなる。
 
問題は「和」の境界である。日本という国か、世界か。日本人か、地球人か。アダムとイブが楽園を追われた人類普遍のテーマを、ぼくたちも問われている。