2017年7月12日水曜日

子育てママの悩みとイライラをカウンセラー・メソッドで救いたい!


ぼくは神経症だった。
Kinki Kidsの堂本剛、大場久美子や円広志、中川剛(中川家のお兄ちゃん)、萩原流行、アン・ルイス、田中美里、それにマイケルジャクソンや「種の起源」のダーウィンも患った「こころの病」だ。

いまは「神経症」ではなく「パニック障害」と呼ばれることが多くなった。以前は「ノイローゼ」とも呼ばれた。

これといった原因もわからないのに、吐き気や喉のつまり、激しい動悸、過呼吸などの症状、それに電車や劇場、理美容院などの閉鎖された空間にいるのがとても恐ろしい。
そして得も言われぬ不安感に見舞われる。その不安感が最高潮に高まったとき、動悸や不整脈という身体症状をともなったりしてパニックにおちて、救急搬送される人もいる。
ぼくは救急車をよばなかったが、119した人の気持ちはわかる。
ほんとに、死ぬと思うのだ。


ぼくは、ある日、自宅から駅に向かっていた。車が通らない狭い路地だった。
何の脈絡もなく「発狂する」という、どう表現したらいいんだろうか、とにかく気が狂うという感覚に襲われた。
病院に駆け込まなくてはと焦り、病院を探すため電柱広告に目を向けた。目を向けつつも、病院では治らないと、なぜか確信的な直感がはたらいた。
結局、ぼくはこの「不安発作」とよばれる症状で、一度も病院の門は叩かなかった。その「直感」は、いまでも正しかったと思う。
なぜなら、すばらしいカウンセラーにめぐりあえたからだ。


ちょっとした「偶然」で、早乙女紀代美というユング派のカウンセラーに出会った。
カール・ユングなら「偶然」ではなく「シンクロニシティ」とよぶ、出会いだったかもしれない。
週一ペースのカウンセリングで、その後は週2週3と間隔は空いたが、7年間通った。途中からは、生き方など、自分の人生のよりどころを求めてカウンセリングしてもらっているようだった。というか、早乙女先生と話したかったのかもしれない。


 いつまでも自己実現から目を背けていることへのメッセージが神経症のさまざまな症状として伝えられる、というのがユングの神経症の考え方だ、とぼくは勝手に理解している。
「自己実現」なんて言わなく、「自分らしく生きる」と言ってもいいだろう。

 ただし、何が「自分らしく生きる」なのか、これが自分のことなのに、意外とむずかしいのだけど。

「神経症は一見否定的な姿ではあるが、新しい次元に至るための、一つの手段とも考えられよう」(山中康裕)と、ユング派の専門家は、その症状は個人を優れて肯定的な領域へ導くものだと捉えている。このユングの神経症への理解はフロイトともアドラーともちがう。


 で、ともかくぼくは年間、東京・目白にある「東京ユング研究会相談室」の早乙女紀代美のもとに通ったのだ。そう、早乙女先生と話したいために。
 先生に会うと生きるのが楽しくなるというか、うれしさとともに、さあ自分らしく生きよう、というウキウキした気分になる。

 

さて、ここからが本題だ。

早乙女先生はぼくのような神経症のクライアントの相談にのる一方で、子育て中のお母さんたちにも関わっていた。
悩める子育てママの信頼が厚く、「子育て講座」の超人気講師でもある。なぜ人気なのか、よくわかる。
 だって、先生に会うと、子育てのイライラなんて消えて、子どものお母さんとしても、ひとりの人間としても、自分が楽しくなるにきまっているんだから。

 そんな早乙女先生が子育ての本を著した。


 『子育てに大切なのはお母さんが楽しく生きることです。』


 このタイトル、じつにまことに、先生らしい。

 本書の内容をピックアップしてみた。


*ほんとうに子どもにとっていいお母さんとは、「お母さんは幸せ」と子どもが感じるお母さんです。


*お母さんが楽しく生きていると、子どもはすぐに変わります。それだけで、子育てはだいじょうぶです。


*お母さんが幸せだと、子どもはこの世界を肯定できて、すくすくと育つ素地となるのです。


*幸せなお母さんに育てられた子どもは、幸せな人に育ちます。


*子どもはお母さんを見て育ちます。お母さんが幸せであれば、子どもも幸せな人生を生きようとします。なぜなら、お母さんのように、幸せな人生を送りたいと願うからです。


*子どもは、お母さんを世界のだれよりも愛しています。世界でいちばん、お母さんが好きです。このことをどうか、お母さんははっきりと自覚してください。この「自覚」が、子育ての大切なポイントです。


*いいお母さんになろうと無理してがんばっていませんか? その「がんばり」がイライラの原因です。


*子育ての目的とはなんでしょう? それは「自分で自分を幸せにすることができる人を育てる」ことです。


*子どもの困った行動は、「お母さん、ぼくの気持ちわかって!」というサインです。そのサインにお母さんが気づくと、子どもは1日でパッと変わります。


*夫が子育てをよろこんでやってくれる、絶大な効果がある〝3つのポイント〟をご紹介します。


*上の子、下の子、真ん中の子、ひとりっ子、それぞれの〝子どもの気持ち〟にあった子育てが必要です。



 


2014年8月22日金曜日

アメリカでは15億円の邸宅がパンケーキのように売れ、50ドルの葉巻を盗んだとされた黒人少年が射殺される

アメリカ・ミズーリ州で、両手を上げて無抵抗の18歳の黒人少年が警官に撃たれ死亡した。

頭部や腕に6発の銃弾をあびていた。

地元警察の発表によると、少年は雑貨店で50ドル相当の葉巻を盗んだという。

この事件を契機に、ミズーリ州では抗議デモや騒乱がひろがっている。

いっぽう、同じアメリカのニューヨークでは、「15億円程度の物件はパンケーキのように簡単に売れる」と、地元の不動産業者がこともなげに語る。

ここ連日、ニューヨーク・ダウは値上がりし、アメリカの景気回復をマーケットは如実にあらわしているという。
 
だが、アメリカの一般市民に景気回復の実感はない。
 
なぜか。
 
景気が回復したとされる、その「益」のほぼすべてが富裕層の手中に収まるからだ。
 
アメリカの所得上位10%の収入が全国民の全収入の半分に近い。
 
ごくほんの一部の富裕層はますます富み、それ以外のほとんどの国民は「景気回復」の恩恵にあずかれない。
 
そればかりか、貧困層はひごとに激増している。
 
現在、アメリカの貧困層は5千万人(アメリカ国勢調査局)に迫るという。
 
15億円の物件がパンケーキのように売れ、50ドルの葉巻を盗んで殺されるというアメリカ社会。
 
このいびつで異常な格差。
 
だが、これはアメリカだけにかぎったはなしではない。

日本の東京マーケットでも、連日のように株価が値上がりしている。
 
多くの大企業の収益も増えている。
 
だが、ぼくたち一般市民は、そんな株価が示すような経済実感をまるでおぼえない。
 
その「益」はどこに集まっているんだろうか。
 
アベノミクスの第4の矢は、パンケーキを突きさすだろう。
 
(参考資料『朝日新聞』2014年8月21日朝刊)

2014年8月16日土曜日

こんなコメントが寄せられました。 「千葉北西部在住ですが、震災以降、友人知人で橋本病、血液の異常、リウマチ、蕁麻疹の重症化、原因不明の関節痛と慢性疲労…他で入院する人が後を断ちません」

数日前、本ブログの「柏市など東葛地区の乳幼児16人中8人から「末梢血リンパ球異常」。検査医師は子どもの避難を勧告」(201234日)に、つぎのようなコメントが届きました。 http://akiba1.blogspot.jp/2012/03/8.html?showComment=1407760453753



千葉北西部在住ですが、震災以降、友人知人で橋本病、血液の異常(詳しく聞いていませんがおそらくリンパ関係)、リウマチ、蕁麻疹の重症化、原因不明の関節痛と慢性疲労…他で入院する人が後を断ちません。

年賀状30枚程の交友関係の中で明らかな異常を感じています。

確かに、東北からの知人から今のところ体調不良の話は聞きません(個人の耳にする範囲のデータなので=東北が安全ではありません)。

原発事故とほぼ同時に千葉県の市原のコンビナートで火災事故がありそこに劣化ウランが保管されていたとの噂を聞きました。

当時その事を危険視するチェーンメールがまわりTVで否定されていましたが、今になってデマではなかったのでは?と疑っています。

素人の片手間の情報収集では限界があります。

この事をおってくれる有力者、ジャーナリストなどおられないのでしょうか。

他力本願ですが日常生活に追われる人間の本音です。

2014811日月曜日 21:34:00



20113月の震災にともなう、千葉・市原のコンビナート(チッソ石油化学株式会社五井製造所)で火災が発生したが、保管されていた劣化ウランに延焼し大気中に拡散したのではないかという情報がひろまりました。

その後の状況について、はっきりしないままだったのですが、約3年半たって、この事故の影響を危惧する声がこんなかたちでもたらされました。

この問題を追及するジャーナリストはいないか、ということですが……。

それにしても、劣化ウランは、この千葉県の市原だけでなく、日本全国に195か所(文部科学省報告)に保管されていることに驚きます。

なぜ、こんなものがこんなにたくさん、この日本にあるのでしょうか。

なお、ネット検索すると、以下のようなデータがありました。

■週刊朝日92日号(823日発売) スクープ!「新しい放射能危機」放置された劣化ウラン 全国195カ所に15456600リットル分の放射性物質


 

 

2014年8月4日月曜日

都知事の五輪会場変更理由は、東京湾に「大腸菌がいっぱい」だからではなく、「放射能汚染がひどい」からではないか

舛添要一都知事が先月30日、2020年東京五輪・パラリンピックのトライアスロン会場をお台場海浜公園(港区)から変更する可能性を明らかにした。

その理由が「東京湾は大腸菌がいっぱいで汚い」というもの。

この都知事の発言に、はげしい違和感をおぼえた。

だって、東京湾に大腸菌がいっぱいなんて、五輪会場を選定する前からわかっていたことなんだもの。

お台場海浜公園が会場ではまずい、という理由に、あまりにも説得力がない。

で、けさのことだ。

どうしたことか、めざめとともに、トライアスロン会場の変更の理由が、ぼくの脳裏に降りて来たのだ。

それは「放射能汚染がひどくて、とてもトライアスロンなんてできない」というものだった。

そうか! 

これなら、トライアスロン会場を変更したい理由が腑に落ちる。

東京湾の放射能汚染が、海外で問題になることを回避したいための会場変更発言だったのではないか。

広い関東平野に降り積もった放射性物質が、いまも河川をつうじて、どんどん東京湾に流れこんでいる。

1年ほど前だったか、江戸川のアナゴが高濃度に汚染されていたことが発覚してニュースになったことも記憶にある。

さてさて、ぼくの夢のお告げならぬ、めざめのお告げの信憑性はどうだろう。

ねえ、舛添さん。

2014年4月2日水曜日

発熱。2日後、原因不明の歩行不能状態に。6日連続の点滴で……。


先々週土曜に発熱。夕方急に悪寒がして、8度ほどまで体温計が上がる。
 
その2日後の先週月曜のこれも夕方、右脚の膝裏が伸びないなと感じた3時間後に脚が伸ばせなくなり歩けなくなった。あれよあれよの、 歩行不能。右膝がすこし熱があり、腫れている。
 
翌日、総合病院の整形外科へ。
 
血液検査で炎症反応を示すCRPが6以上(ネット検索すると中程度以上の炎症、15で重体とあり)、すぐに抗生物質の点滴を受け、抗炎症剤や痛み止め、胃薬などが処方される。
 
生まれて初めて車椅子と松葉づえを使った。病院常備の車椅子はありがたかったな。
 
病院帰りのタクシーを降りて玄関までは松葉づえ。階段や段差が何段かあって、ちょっとした高さも松葉づえでのぼるのに苦労するし、転ぶのがこわい。
 
看護師さんから「転ぶ人がいるから気をつけてね」と聞かされていたけど、そのことばの重みをひしひしと感じる。いやあ、なってはじめて実感するバリアフリーの必要性だ。
 
でも、この松葉づえ、自宅内でトイレに行くときなどに重宝する。
 
点滴を受けて3時間後ぐらいから、伸ばせなかった脚がいくらか伸びるようになり、松葉づえがなくても歩けるようになった。点滴の効果てきめん。
 
どちらかというと、西洋近代医学には懐疑的だったのだが、この手の疾患、それに救命にはつよい。
 
これ、たとえば漢方だと、どういうようなメソッドがあるんだろうか。ぼくは漢方が好きなんだけど、今回はできたばかりの大きな総合病院を選んだことが正解だった。
 
3日連続で点滴を受けて血液検査でCRPが5.33に。まだ数値が高いということで、さらに3日連続で点滴を続行。そして昨日の検査で1.35に。医師は点滴と薬をやめて様子をみるという方針。
 
この間、ずっと微熱があったが、きょうはずっと6.8度。右脚はまだ完全に伸ばせないが、おおよそ90%は治った気がする。
 
この間、大切な仕事をひとつキャンセルして、数名の方にご迷惑をお掛けしてしまった。でも、辛かったけど、貴重な体験をした。きついけど、病や痛みはある種のメッセージだと思っているのだ。

 
ことしになって、急に仕事にめざめ、仕事に励みだしたのはいいけど、病や症状がつぎつぎとやってくる。なんで、忙しくなったときにかぎって病気になっちゃうのか、ちょっと恨みたくもなるけど、まあ人生、そんなものだとも思う。
 
久しぶりにこのブログを書いた。仕事もたまっている。さあ、いまから某出版社へ行かなくちゃ。
 
 

2014年3月20日木曜日

ミスをしない人間はいない。であれば、事故のない原発は存在しない。

1976年2月18日。

米議会原子力合同委員会にGEの原子力技術者デール・ブラインデンボーら3人が出席したのは、福島第一原発や敦賀原発など、日本の原発の「問題提起」のためである。

問題提起とは、有り体にいえば「内部告発」だ。

言うまでもなく、内部告発はそれなりの勇気を伴う行為である。

この告発者たちは、わが身にふりかかるかもしれない負担や危険性をかえりみず、つぎのような具体的な問題を挙げた。

①福島第一原発1~5号機に使われているマーク1型格納容器の弱点

②配線貫通部の樹脂の弱さ

③機器の多様性の欠如

④共通原因故障の恐れ

⑤政府の規制の不十分さ

⑥平和目的の原発と核兵器生産の技術の密接なつながり

⑦核拡散の恐れ

以上の①から④は技術的な問題である。
 
これらの「問題」は、1976年で解決したのではなく、2011年3月11日までずっと未解決だったのではないか。
 
さらに、すくなくとも、たとえば敦賀原発などでは、引き続きこの「問題」が未解決のままなのではないか。
 
今夏にも鹿児島の川内原発を再稼働させるという動きがあるが、果たして原子力規制委員会は原発の全施設にあるそれぞれの検証ポイントに、専門的知見のある第3者的な立場の技術者を伴って検証作業をしたのであろうか。
 
米議会で告発者が述べたように、日本の原子力業界は「隠蔽体質」なのだから、このような検証作業が欠かせないはずだ。
 
そして仮に、日本の原発が「世界一安全」であろうとも、第2、第3のフクシマが起きないという保証は絶対にできない。
 
「世界一安全」は、あくまで「想定」であり、あるいは人をあざむく「神話」であるかもしれないのだから。
 
仮に本当に「世界一安全」だったとしても、それは他の原発との比較にすぎず、それが絶対に事故を起こさないという保証はない。
 
人間は「絶対に安全」であるという技術は作りだせないからだ。
 
すくなくとも現在まで、そういう技術はなかった。
 
なぜなら、人はミスをかならずするものであるからだ。
 
自動車を例に挙げよう。
 
自動車が売り出されるまで、徹底的な技術検証がなされる。
 
しかし、トヨタであろうとホンダであろうと、あるいは外国産であろうと、リコールされる車は後を絶たない。
 
自動車は数多くのチェックポイントがあるが、それでも原発と比較すると圧倒的にコンパクトなサイズであり、また通常は原発とちがって、放射線の心配の要らない安全な環境で検証できる。
 
また技術的な歴史も原発より長い。
 
それでも、「想定外」の事態が発生して問題が起きる。
 
そして「リコール」という文字を新聞紙面で見ることになる。
 
あるいは自動車ではなく、もっとごく単純な検証作業である本づくりにおいても、しかりである。
 
本の制作の検証作業の多くは文章チェックに費やされる。
 
通常、本に記載されてある文章は、筆者、担当編集者、プロの校正者がチェックする。
 
その文章に問題があるとすれば、校正という検証作業をおこなう自分の目の前、ほんの数十センチの距離に存在する。
 
つまり問題が内在しているかもしれないゲラという対象は、検証者のすぐ目の前にあるのだ。
 
そして、初校、再校と、すくなくとも4度、5度は、その文章の書き手と編集者、プロの校正者など、複数の目が通る。
 
延べで、15回以上は全文を検証するだろうか。
 
だが、それでもミスは起きる。
 
しかも、単純な誤字脱字のまちがいも多い。
 
本を読んでいて、そんなミスを見つけたことがある人も多いことだろう。
 
そうなのだ。
 
人間はミスをする。失敗をするものだ。
 
すぐ目の前に問題があるのに、それでもごく単純なミスをするのだ。
 
それが原子力発電という巨大で、専門分野の異なる技術検証が必要な複雑なプラントなら、その検証作業の専門性や困難性は、本の文章校正の比ではないはずである。
 
であれば、とうぜんミスをする確率も多くなるだろう。
 
で、ミス、失敗したときのことである。
 
本なら、最悪、書店回収というところだろう。
 
まあ、書いた内容に問題があって、たとえば名誉棄損で裁判沙汰ということもないわけではない。
 
でも、最悪この程度である。
 
ところが、原発事故はそうはいかない。
 
たった一度のミスで、この地球を破壊させる可能性さえ秘めているのだから。
 
原発のミスは取り返しがつかないのだ。
 
しかも、全地球史的にである。
 
また、このミスは、あくまで「善意」におけるミスである。
 
ここには「悪意」や「怠慢」、「隠蔽」それに「自己利益優先」などが介在することを考慮していないことも付け加えよう。
 
ところが、史上最悪の事故を起こした東京電力は、「怠慢」と「隠蔽」と「自己利益優先」が介在していたことが明白になっているのだが……。

 ⑤以降は政治的な問題である。
 
⑥は要するに「原発は核兵器製造工場」ということだ。
 
彼ら原発の現場で働いた告発者たちは、「原発と核兵器生産の技術の密接なつながり」を、実際に自分たちの眼で目撃したのである。
 
この日本という資本主義社会にあって、それが最優先とされる経済性においてすら劣る原発を何としても稼働させたい、その本音はここにあるのではないか。
 
この「本音」は、史上最悪の「悪意」だろう。
 
事実、自民党幹事長の石破茂は「核武装のために原発は必要である」とテレビカメラの前などで明言している。
 
 
もっとも、そもそも原発などという愚かなプラントで発電をしようとしたことじたいが、人間にとって取り返しのつかないミスだろう。
 
で、石破的なる人間を生み出したのは、いったい誰のミスなんだろう。
 
(参考資料、引用『朝日新聞』「プロメテウスの罠・内部告発者17」2014年3月20日朝刊)

2014年3月9日日曜日

ドイツのテレビ・ドキュメンタリー「フクシマの嘘」が描いた、原子力ムラに牛耳られるわが美しきニッポン


ドイツZDF 「フクシマの嘘 其の参」

http://youtu.be/m2u-9eR-hC8


30分のテレビ・ドキュメンタリーである。

この短い尺で、原発爆発以後のフクシマの実態、そして原子力ムラに思うがままコントロールされる日本という国家と国民の姿を余すことなく描写している。

そう「コントロール」されているのは汚染水ではなく、ぼくたち日本人のマインドなんだ。

安倍晋三とそのエピゴーネン、原子力ムラの住人、そして東電にとって、汚染水をコントロールするより、日本人をコントロールするほうがたやすいとふんでいるのだ。

ぼくたちは、彼らから徹底的になめられている、というわけだ。

福島の原発事故以降、この最大の惨事、いや人類史上最悪の犯罪にたいして、この国、日本では数多くのドキュメンタリーや報道がなされてきた。

だが残念ながら、このドイツのテレビ映像のような、この犯罪の核心というか真実へ肉薄したものをぼくはまだ見ていない。

原子力ムラというカネのためなら、人が死のうが苦しもうが、いやこの日本、この地球が滅ぼうとも意に介さない者どもに、ぼくたちはこのまま愚弄され、蹂躙されつづけるのだろうか……。

この映像を見ながら、そんな怒りと絶望が、ぼくの胸をいっぱいにした。

怒りを歓びに、絶望を希望にスイッチするにはどうすればいいのか。

それにはまず、怒りを怒りとして、絶望を絶望として、しっかりとわが全身に叩き込むことだろう。

そこからしか、真の歓びや希望は見えては来ないだろう。

ぼくたちはきっと、怒りのまま、絶望のまま、この世を去りたくはないのだから。