2011年5月5日木曜日

【ただちに危険だ! 原発通信】№2

東電・清水社長の「謝罪」と本音。
ネクスト・イレブンに人類は……。
きのうの54日、東京電力の清水正孝社長が福島第一原発周辺の町村の住民が暮らす避難所を訪問した。住民たちから怒号をあび、土下座して「謝罪」の意思表示をしたものの、その清水社長が口にしたのは「想定外の地震と津波」という言葉だった。「天災だから東電には責任はない」と言ってるわけだ。

東電は今回の原発事故を人災ではなく天災であると、あくまで強弁するつもりなのだろう。その言葉は、頭を垂れて謝罪しているようだが、それはポーズにすぎないことを清水みずから吐露したわけだ。今回の訪問は避難住民や世間の怒りにたいする「ガス抜き」だ。

東電社長の「謝罪訪問」と連動するように、自民党の原発推進派議員たちが「エネルギー政策合同会議」なる集まりを立ち上げ、表だった原発延命の活動を開始した。この「会議」の委員長は元経済産業相の甘利明、参与には東電元副社長の加納時男が就いた。加納は元参院議員であり、現在は東電の顧問だ。



加納さんよ、あんた朝日新聞のインタビュー(5月5日付け)で「地元の強い要望で原発ができ、地域の雇用や所得が上がったのも事実だ」と発言しているけれど、その言葉をきのうの清水さんのように避難している住民の前で言ってみたまえ。ほんらいなら、あんたも清水社長のように土下座して謝る立場だろう。

それに同じインタビューで「むしろ低線量は体にいい、ということすら世の中では言えない」だと。そんなに体にいいのなら、あんたの子供や孫、家族みんなで、広野町や浪江町、葛尾村など福島第一原発周辺の地域へ移住したらどうだろうか。ついでに「エネルギー政策合同会議」のメンバーも、この地で委員会を開きたまえ。健康のためにね。

しかし、それにしても、何万人もの住民が避難を余儀なくされ、また何千万人が住む人口密集地域、それに海洋へと、とてつもない大量の放射性物質を撒き散らし、これまで人類が経験したこともない人類史的犯罪をなしながら、まだおのれの保身と金儲けのために原発を推進しようというのだ。「この期に及んで」という言葉があるが、彼らにはこの期に及んでも人間的良心とか、罪を畏怖する心とかの欠片もみせない。

原発事故の前には、政治とか思想信条とか利益とか、そんなもので対立することなど一切ないはずだ。なぜなら、そんなもの関係なく放射性物質は降り注ぐからだ。推進するものにも被害が及ぶのだ。

清水さん、甘利さん、加納さん。あんたたちは自分の家族、妻や子供、孫たちを愛していないのだろうか。未来の世代に、こんなどうしようもない負の遺産をのこして、先に死ぬという気がしれない。原発事故が起これば、真っ先に自分の家族や親類縁者は遠くに避難させるつもりなのだろうか。そこまでして、あなたたちはいったい何を得ているんだろう。

作家の髙村薫が福島原発の事故についてNHKのインタビューを受けていた。髙村は『神の火』や『新リア王』など、原発にまつわる作品を著している。その髙村は科学技術も原子力技術は認めるが、地震が多い日本で稼働させるのは反対であり、10年後ぐらいには原発から脱却させたいという趣旨の意見を述べていた。

もちろん、こんな地震が頻発する日本に原発などもってのほかだけど、地震があろうとなかろうと、事故が起きようが起きまいが、原子力発電はあってはいけないものではないか。その理由はいろいろあるが、「核のゴミ」といわれる、原発から出る使用済み核燃料などの放射性廃棄物の処理問題一つだけで十分だろう。

なぜ、私たちが原発稼働以来40年間で得た電気のために、その後、数千年から数百万年といわれる放射性廃棄物の管理をあとの世代が負わなければならないのか。しかも、その処分法や処分地も決定されていないのだ。

いったい原発のどこに、この負担を上回るメリットがあるのか。原発利権と結び付く、政治家、経産省などの役人、東電をはじめとする電力会社、研究費や広告費を電力会社からもらっている御用学者とマスコミ、それに東芝、日立、三菱などの原発メーカーなど、一部の人間の金儲けのために、未来の人類の生存をも奪うのだ。

髙村さん、原子力は人の手には負えない、人が手を出してはいけない「神の力」ではないでしょうか。今回の福島の事故は、神から人類への最後の警告ではないでしょうか。私はそう思うのだが。その警告を真摯に受け止めないと、9.11アメリカ、3.11日本、そしてネクスト・イレブン(某年某月11日)に、人類は滅ぶのではないだろうか。髙村さん、10年も待てない。来月のイレブンかもしれないし、12ヶ月後のイレブンかもしれないのだから。

しかし、日本のほとんどの作家たち、今回の原発事故のこと発言しませんね。いま試されていると思います。えッ、だれからって? きまってるじゃないですか。あなたの作家として、そして人間としての「たましい」ですよ。

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