決勝戦は圧巻だった。痛快だった。伊藤は世界ナンバーワン相手に、あれだけノータッチを連発し、やりたい放題に強打が決まれば、もう楽しくて仕方ないだろう。いっぽう、中国選手及び指導者はこの敗戦に大きなショックを受けたことだろう。
それは単に試合の流れとか、戦術とか、伊藤の調子が並外れてよかったとか、という一過性の敗戦ではないからだ。この敗戦は、中国女子卓球の「構造的」な転換を迫られたことを意味する。中国女子は「男子卓球」をめざし、強力なスピンとスピードを併せもったドライブを主戦としたパワー卓球で、ここ10年近く世界女子に君臨した。
ところが今回、伊藤との対戦では、その強力なドライブを伊藤に狙い打ちされたのだ。それはそのパワー卓球の弱点をさらけ出したともいえる。伊藤はこの中国3選手を相手にラリー戦で圧倒した。いままでラリーで絶対的な強みを持った中国が、その得意のラリーで伊藤に屈したのだ。
ではその中国女子の「弱点」とはなにか? それはドライブをかけるときにどうしても必要な準備というか予備動作というか、「ため」が必要なのだが、その一瞬の時間が弱点となるのだ。もちろん、対伊藤戦においては、という但し書きが入るが。その一瞬の時間が伊藤にとっては強打のタイミングとなる。
何度も強調しているが、卓球の究極のポイントは「タイミング」に集約される。レベルが上がるほど、タイミングをいかにとるかの争いに絞られる。
ではなぜ突然、中国卓球の主戦武器だったパワー卓球が伊藤の強打の餌食になったのだろうか? それは伊藤のフォアハンド及びバックハンドのスイング技術にある。その特徴は以下の通りだ。
①
バックスイングをとらない(あるいは極めて小さい)
②
高いラケットの位置
③
水平スイング
このスイングは卓球技術研究所(卓技研)が、ここ12年以上ずっと提唱してきた「水平打法」にあてはまる。この①②③によって、中国女子のパワードライブを強打することが可能になるのだ。
さらに伊藤は同じく卓技研が提唱してきた「ハイブリッドタクティクス」をも身に着けていた。
①
水平強打
②
ドライブ
③
ナックル強打
をラリーのなかで臨機応変に使う戦法だ。
伊藤はラリーになれば水平強打ばかりかナックル強打も織り交ぜていた。ナックル強打はカット気味に強打することで、たとえ相手がその強打のスピードに対応してラケットに当てても、ナックル球質のためボールを落としてしまう。前陣でのラリーでスピードがあるナックルは、なかなか簡単に対応できるものではない。事実、中国選手は伊藤のナックル強打をネットにかけていた。強打への対応に必死なのに、そこにナックルというもう一つの課題が入ると、そうは人間は対応できないのだ。
卓球の戦術的な最大のポイントは相手に2つ以上の課題を与えることである。
さらに伊藤は両ドライブ(日本女子ではかなりの強ドライブ)も持っている。どうしても打球点を落として対応しなければならないときや2球目、3球目、4球目において、スピン系の打球点の低いボールを起こすときにはドライブが必要だ。ドライブはたとえ打球点を落としても攻撃になる。伊藤はこの3つの打法をマスターしている。
さらにはブロック及びカウンター技術も素晴らしい。上記の三つの水平打法はブロック及びカウンター技術として併用できるのだ。
おそらく、まちがいなく中国は対伊藤に血眼になって対策してくるだろう。「伊藤コピー選手」がつくられるだろう。でも伊藤卓球の前に彼らは何ができるのだろうか。もし、これまで通りのパワー卓球を指向するなら、以下のような対策を立てるだろう。
①
より深く、より強力なドライブ
②
ラリー戦に持ち込まず、サーブ⇒3球目⇒5球目、レシーブ⇒4球目⇒6球目で決めてしまう
③
ラリーになれば、両サイド(とくにフォアサイド)を鋭くえぐる
この3点ぐらいしか思い浮かばない。逆に言うと、伊藤は以上の3つのポイントへの対策が必要だろう。
おそらく中国は「パワー卓球」にかわる新しい卓球を2020年東京五輪までに開発するのではないか。いずれにせよ、これから中国が伊藤に対してどんな卓球で挑んでくるのか、とても楽しみだ。
伊藤が新しい卓球の地平を開拓した。日本の新しいプレイヤーは、伊藤のバックスイング、打球点、スイング軌道にぜひ注目してもらいたい。まずまちがいなく、世界の卓球は伊藤の地平に向かうだろう。
卓球技術研究所(卓技研)
秋葉龍一
卓球技術研究所(卓技研)
秋葉龍一
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