2012年1月7日土曜日

「原則40年で廃炉」は再稼働への画策と延命へのめくらまし。これで「原則40年で廃国」まちがいなし。

【ただちに危険だ! 原発通信】№33

2012.3.11「100万人デモ」でただちに全原発廃炉だ!


細野原発担当大臣が原発の運転期間を原則40年とする法案を発表した。これはことし5月に定期点検ですべて停止する原発に危機感をいだいた、野田政権や経産省、経団連など、原発利権集団の原発ムラがたくらんだ再稼働への画策だよね。そう、原発でまだ一儲けも二儲けもするための延命策なんだ。

40年で廃炉といっても、一番新しい北海道の泊原発なんて運転してまだ3年だから、あと37年も動き続けることになる。また、2007年の新潟県中越沖地震(震度6強)であわや「フクイチ大事故」の先例となりかけた柏崎刈羽原発は最古の1号機(27年運転)でもあと13年、最新の7号機(15年運転)になるとあと25年も運転することになる。そして大地震と大津波の危険から逃れられない浜岡原発5号機(7年運転)、伊方原発3号機(18年運転)、島根原発2号機(23年運転)などは、まだ17年から33年以上も動くことになる。

こんな法案が通って、「原則40年で廃炉」なんていってるまに、ふたたび大事故が起こるだろう。「原則40年廃炉法案」は原則40年で「廃国」「廃北半球」「廃全地球」への悪魔の法案である。

しかもあくまで「原則」だ。原則には「例外」がつきもの。ほら日本語大辞典にもこうあるよ。【原則】特別の例外が起こり得ることを念頭において、一般に適用されるものとする基本的な考え方。

きっと40年たったら、「老朽化」ではなく「高経年化」であり、部品を取り換えれば、まだまだ運転できるといって、運転しつづけるだろう。

この「原則40年で廃炉」の野田政権と財界とは、その思惑が軌を一にしている。経団連会長の米倉弘昌は、朝日新聞のインタビューでこんな発言をしているんだ。

――経団連は、原発を早く再稼働するよう求めていますね。

「短期的には原発がないと不可能だと思う。もう日本は経済成長をやめるとか、電気を使わない経済成長だとかはあり得るのか。そっちの方向に産業をシフトすることは、これから20年かけても難しい。そうすると何らかの形で定期検査済みの原発を、十分に安全確認し、住民の理解を得て再稼働させていくことが必要だろう」(朝日新聞2012年1月1日)

どうだろう。政と財のあうんの呼吸だね。まだまだ、すくなくとも20年は原発で儲けたいのだろう。

ところで、この米倉会長の発言は、まるで日本経済の成長は原発にかかっているとか、電気は原発でしかつくっていないように語っているけど、昨年、日本経済をどん底に落とし込め、海外の日本への信頼を失墜させ、また電気供給を不安定にしたのは福島第一原発事故であることはまちがいがない。

原発が日本経済をだめにし、原発が電気の安定供給をだめにしたのであって、その逆ではない。原発に依存したために、こういう事態をまねいていたのだ。それをまるで「原発が動かないから、こういう事態になった」というような逆の意味にとらせる、ことばのトリックはやめてもらいたいものである。

ぼくはこれ以上の経済成長なんて求めないけど、もしぼくが経団連の会長で経済成長をしなければならない立場にあったら、地震や津波で爆発して使い物にならない発電プラントなんかに依存しないし、ウランや石油、天然ガスといった海外からの輸入にたよるエネルギー資源にも依存しない。もうそれは、自国でまかなえる再生可能エネルギーにシフトするしかないだろう。こんなことは小学生だってわかることだけど。

それにぼくは、これは原発の放射能汚染や放射性廃棄物等の問題については触れずに、エネルギーについて「純経済的」な見地から述べているのだ。そう、経団連や政治家、それに原発ムラの人びとにとって命より大切な金儲けのためにも、原発はやめたほうがいいよ、と言っておるのだよ。














2012年1月1日日曜日

ことし3.11に100万人で東電、経産省、国会を取り囲み、すべての原発を廃棄しよう!

【ただちに危険だ! 原発通信】№32

2012年は人類史にとってターニングポイントになるだろう。ことし日本の原発を廃棄するかどうかによって、人類は生き延びるかどうかが決まる。

昨年3.11の東京電力福島第一原発事故によって、農民が自殺に追い込まれ、15万人が避難生活を余儀なくされ、福島や東北・関東は放射能汚染され、数千万人の住民が被曝し、大地や海が汚染され食べものが毒となった。

さらにわれわれは、やがて生じるかもしれない健康被害におびえる。これから数年後、数10年後、いったいどれだけの人びとが、この事故による被曝で病と死をまねくのだろうか。ちなみに、欧州議会に設けられた欧州放射線リスク委員会(ECRR)は、「2061年までに福島原発の半径200キロ圏内で41万7000件のがんが発症する」という予測を出している。

そしていまも、あの一連の原発大爆発を上回る危機がある。大地震があれば、無防備なフクイチの1号機から4号機まで、ひとたまりもなく崩壊し再臨界の悪夢が現実となるだろう。

そんなとき、日本政府・野田政権は昨年12月に「事故収束宣言」なるものを発した。そう、彼らは「宣言」することで、国民の原発事故への関心をそらせ、一刻も早く幕を引きたいのだ。なぜか。原発を再稼働させたいからにきまっているじゃないか。

原子力ムラと称せられる原発利権集団は、たとえ福島を、東北・関東を、日本列島を、いや地球を放射能まみれにしても、自分たちの利権を欲するのだ。自分たちも被曝からまぬがれることができないのに、それでも彼らはあくなき利権を求める。そういう人間が存在することは信じられないことなのだけれど、しかし事実として実在する。

地球が誕生した46億年前、生物の生命に有害な放射線(宇宙線)がこの惑星に降り注いでいた。それから数10億年の膨大な時間を要して地球磁場やオゾン層が形成されることで、放射線をふせぐことが可能となり生物が生きていける環境となる。

放射線からのがれることが、生命活動の絶対条件である――。

これがわれわれ地球環境に生息する人類の原初の教えなのだ。放射線と生命とは、「死と生」という対極の関係にある。この関係を「宇宙のオキテ」とよんでもいいだろう。この絶対的なオキテを破ったとき、地球に生命が存在できなくなる。

そして、そのオキテを人類は核エネルギーを開発することで破った。原爆をつくり、原爆と同じ原理で動く原発によって、地球を何十回と破壊する放射能を生みだしてしまったのだ。

原発運転以来、膨大な核廃棄物を生み出し、この「死のゴミ」が無害になるまで10万年を要する。われわれはたった数10年の電気エネルギーを得るために、10万年後の人類や生物にまで危機的影響をあたえるのだ。

しかも、これは原発を「安全に運転」できたとしても、である。ひとたび事故を起こし、原子炉が破壊されれば、もうわれわれは放射能というものをまったく制御できない。チェルノブイリ事故から25年たったが、いまだに「収束」されていない。現在もチェルノブイリ原発では、日々3000人の職員が危機管理にあたることで、その被害の拡散を抑えている。チェルノブイリ周辺の地域はいまも住むことはできず、これからいつ安全に住めるのか、その見通しはまったくたたない。

このチェルノブイリの現状は、将来の福島や東北・関東の放射能汚染地域と重なるだろう。われわれのなしたことの罪はかぎりなく大きい。われわれは人類史、いや地球史的な罪悪を犯している。もうこれ以上の罪を重ねることがあってはならない。

野田政権は、ことし一段と明確に原発の再稼働へと舵をとることはあきらかだ。もはや政治も司法も、原発を止める、廃棄する力にはならない。われわれ一人ひとりの力を合わせることでしか、原発から脱することはできない。

では、どうすれば、脱原発は可能となるのか。簡単だ。東電、経産省、そして国会を100万人で取り囲めばいいのだ。それを10日間つづければ脱原発は達成されるし、もしそれを原発推進派と結託する権力者が拒否するなら100日つづければいいのだ。そうすれば、この国の権力構造もろとも原発は廃棄されることだろう。

ことしの3月11日は日曜日だ。デモと集会には最高の曜日である。ぼくは、いますべてのこころあるひとに、こう呼び掛ける。2012年3月11日14時46分。脱原発と人類の生存のために立ち上がろう!


2011年12月29日木曜日

「安全基準に科学的根拠はない」「低線量の危険性を半分にしていた」ICRP委員、驚愕の事実を告白

【ただちに危険だ! 原発通信】№31


NHKが驚くべき事実をスクープした! 

その事実とはICRPの低線量被ばくの国際基準がでたらめだった、というものである。ICRP科学事務局長や低線量被ばくの安全基準を決めた元委員が、その基準の根拠を明らかにした。なんと彼らは「科学的な根拠に基づいたものではなかった」と言ったのだ。

昨夜(12月28日午後10時55分)NHKで放送された「追跡!真相ファイル『低線量被ばく 揺らぐ国際基準』」。この番組は、世界各地で安全とされていた低線量被ばくによって重篤な健康被害が起こっていることを報告、さらにそのICRPの安全基準はどういう根拠でつくられたのか、ICRPの現役幹部委員や基準を作った元委員に直撃取材したものだ。

チェルノブイリから1500キロ離れたスウェーデン北部サーベの住民にがんが際立って増加している。スウェーデン政府が発表した当地の外部被曝線量は年間0.2ミリシーベルトで、ICRPの国際安全基準を下回っているという。

ところが、サーベ住民はトナカイ肉を常食としており、その肉が放射能汚染されていたのだ。スウェーデンの肉の安全基準は300ベクレルで日本の500ベクレルよりも厳しい。それなのに、チェルノブイリ事故から25年たったいま、放射能汚染による被ばくでがんが多発しているのだ。

地元の大学病院の研究者マーティン・トンデル博士が110万人の食べものによる内部被ばくの調査をしたところ10ミリシーベルト以下だったことが判明。これはICRPが影響は少ないとしてきた100ミリシーベルト以下の低線量被ばくに反するものだ。そうNHKのナレーションが言うように「明らかになったリスクがICRPよりも高かった」のである。

そしてNHKの取材陣はアメリカ・イリノイ州に飛ぶ。シカゴ郊外に3基の原発が集中した地域があり、そこではがんなど難病で亡くなる子どもたちが激増している。その原因は地下水に浸透した原発由来の放射性トリチウムである。住民はこの放射能汚染された井戸水を飲料など生活水としてきた。

周辺住民1200万人を調査したところ、この地域は他の地域よりも脳腫瘍や白血病が30パーセント以上、なかでも小児がんは約2倍に増加していることが判明した。そしてその井戸水による年間被ばく線量は1マイクロシーベルト。え、こんな低線量で、と驚くのは筆者だけではないだろう。調査した地元の小児科医は「低線量被ばくが何をもたらすか知ってほしいのです」と述べる。

さらに取材陣はICRPの現役幹部や基準を決定した元委員にカメラを向ける。そして「これまで(ICRP)は低線量被ばくのリスクを半分にしていた」というICRP科学事務局長クリストファー・クレメントの驚愕の言葉を引き出す。

ICRPの「100ミリシーベルト以下はがんのリスクが0.5パーセントで影響が少ない」という基準の根拠となったのは、1000ミリシーベルトの被ばくで5パーセントがんリスクが高まるとされた、広島と長崎の原爆調査によるものだ。ところが、日米合同調査ではその半分の500ミリシーベルトで5パーセントという結果が出ていたのだ。つまりICRPの現在の基準は危険性を半分に値切っていたことになる。

しかもICRPは、原発や核関連施設で働く労働者の基準を、この半分からさらに20パーセント引き下げたのだ。それは原発推進者に配慮したと元委員は告白する。基準が厳しくなれば安全対策の費用に3億6900万ドルの費用がかかり原発の運転に支障をきたすからだ。

アメリカでは原発や核関連施設で働いていた労働者の放射能による健康被害が相次いでおり、その裁判も起こされている。この安全対策費用と引き換えに原発労働者は健康をうしない、がんなどの難病を引き受けさせられたことになる。

そしてこの元委員チャールズ・マインホールドは安全基準についてこう述べる。「科学的根拠はなく、ICRPの判断で決めたのだ」と。その「判断」とは、安全対策費用に莫大な費用がかかるという原発推進派の事情をくんでのものだ。

このようなインチキな基準を決めたICRP組織の背景を取材陣は暴露する。基準を決めたICRP委員17人のうち、13人が核開発や原子力政策の関係者であるというのだ。

日本の安全基準は、ICRPの国際基準に準拠している。そのICRPは科学的研究者の組織ではなく、原発推進サイドに立った「政策的な判断をする集団」である。これは筆者ではなく、NHKの取材者が発した言葉である。

ICRPが決めた基準によって「100ミリシーベルト以下=低線量=なんとなく安全」みたいなイメージが作られてきたが、もう100ミリシーベルト以下は安全ではないことが明確になったわけだ。

さて、筆者は問いたい。ミスター100ミリシーベルトの異名を冠する山下俊一・福島県放射線健康管理リスクアドバイザー、それに女子中高生を前に、野菜不足や飲酒・喫煙のほうが、福島の原発事故による放射線の影響より大きいと言った中川恵一・東京大准教授など、「放射線被害はたいしたことない」と触れまわる原発御用学者たちは、ICRPの基準決定のインチキが明らかとなったいまなんとこたえるのか、ということを。

2011年12月23日金曜日

東電社長「電気料金の値上げは事業者の義務というか権利だ」 。 国民「東電幹部を刑事裁判にかけるのは我々の義務であり権利だ」

【ただちに危険だ! 原発通信】№30


東電社長の西沢俊夫という男が口を開くたびに、人の怒りの感情に火をつける。「除染はボランティア」「責任を取るという言い方が正しいと言うことはともかく」、そして今回の電気料金値上げの申請について「電気事業法に基づく事業者の義務というか権利だ」である。

この発言をテレビで聴いたとき、西沢社長がなにを言ってるのかすぐに理解できなかった。電気料金値上げの理由に「義務」とか「権利」ということばがつながらないからだ。西沢はこう言いたいのだろうか。電気の安定供給のために、電気料金を改定する義務と権利を東電は有していると。しかし、これは恐るべき上から目線での発言である。

この発言をゆるしているのは、東電管内エリアの住民は、ほぼ東電からしか電気の供給を受けられないことにある。つまり電気事業の独占化だ。そう、われわれは嫌でも、東電から電気を買わなければならない。水道、ガス、電気をライフラインと呼ぶが、電気はまさに現代生活における命綱である。その命綱を東電が握っていることが、こんな横暴な発言をゆるしている。

発電と送電の独占によって、世界でもっとも高い電気料金をふんだくることができ、しかもその料金には「東電関係者の接待用施設の維持管理費」や「福利厚生施設や社内サークル活動費、自社株式の購入奨励金、高利の財形貯蓄の利子などまで算入」(東京新聞12月23日朝刊)することができるのだ。

そして、そもそも値上げしなければならないのは、自分たちが起こした事故の賠償のためだ。自分がしでかした過ちを、それをあろうことか、自分が犯した被害者に尻拭いさせようという魂胆だ。「盗人猛々しい」とは東電のために用意された語彙かもしれない。こういう発言を東電社長が連発するのは、いままで嘘偽りの安全イメージ操作、安全神話を創作してきたこれまでのクセが抜けきらないというか、まだこの手法がまかり通ると思いこんでいるからにちがいない。

東電が電気料金値上げのために「義務」と「権利」をいうなら、われわれは東京電力が原発事故を起こし、病気や死にいたる天文学的な大量の放射能を大地や海など、人の住生活環境に撒き散らしたことにたいして、法的責任をとることを求める。

日本国民は東電役員幹部並びに原子力安全委員会委員、経済産業省原子力安全・保安院幹部職員等の刑事裁判の訴追を求める義務と権利を有する。

原発事故の放射能汚染のために、有機農法による安全な作物を栽培していた福島の農民を自殺においやり、15万の家族の住まいを奪って避難生活を余儀なくさせ、200万の福島県民と数千万の東北・関東の住民に死と健康被害の恐怖をまねかせたのである。しかも現世代にかぎらず、すくなくとも今後何百年もの世代において。

こんな未曾有の人類史的犯罪をなした者どもが、なんの法的制裁を受けないことなどありえようか。もし司直が、その法的役人としての義務を果たさないならば、日本は法治国家を放棄したとみなさなければならない。

そのときわれわれ国民は、唯一残された手段を行使する権利を有する。その「唯一残された手段」を東電並びに電力会社、原発に関連するすべての官庁役人・政治家・原発関連メーカー・ゼネコン・マスコミ・御用学者、いわゆる「原子力ムラ」「原子力マフィア」などと呼ばれている原子力利権者どもはよく心するがよいだろう。

2011年12月19日月曜日

ベラルーシの現状に日本の25年後の姿をみた。そして「収束宣言」の野田に解熱剤を投与してやってくれ。

【ただちに危険だ! 原発通信】№29


きのうの日曜日、福島第一原発事故と放射能汚染被害についてのTVドキュメンタリーを二作観た。一作はフジテレビ、もう一作はNHKだ。そう、一作はフジだ。あのフジサンケイグループのフジテレビである。

きのうの午後4時。日本テレビではクラブワールドカップの3位決定戦が熱狂のなか放送されていたが、その裏番組でフジテレビが「特命報道記者X」というドキュメンタリーを送っていた。その番組タイトルは「原発20キロ圏内の真実」。

フジの取材カメラは法的に立ち入りが制限された警戒区域である大熊町に入り、年間400ミリシーベルトを超える線量計の数値、置き去りにされた牛や豚の群れ、食糧が与えられず餓死白骨化した家畜、殺処分される生き残った豚、地震で壊れたままになっている家や道路を映し出す。まるで3.11から時が止まったままのようなこの町は、比喩ではなくまさにゴーストタウンそのものだ。

さらにカメラはチェルノブイリとその近郊の町にも入り、1986年の事故から25年たったその被害の現状を探る。何度除染しても危険な線量のまま下がらない地域、数百の廃村、廃町になった村や町の墓標、そしてベラルーシの病院では正常に生まれる子どもが2パーセントだという苦悩する医師の顔を映し出す。

チェルノブイリとフクシマ。日本の放射能汚染地域の25年後の姿を嫌でもチェルノブイリにみてしまう。

ベラルーシの医師は、入院している患者がチェルノブイリ事故の放射線の影響が原因であることについて口を閉ざし、本当の原因を知りたいのならバンダジェフスキー博士に訊いてくれと言う。

独裁国家ベラルーシは原発建設をたくらんでおり、そのためチェルノブイリ事故の健康被害の実態を明らかにすることを妨害・弾圧しているのだ。

バンダジェフスキー博士について、このブログ(【ただちに危険だ! 原発通信】№16 http://akiba1.blogspot.com/2011/10/16.html)でも紹介したが、博士がチェルノブイリ事故の放射性障害について究明したところ、ベラルーシ国家からでっちあげで逮捕・投獄され、その後海外の救援団体による活動で国外追放処分となり、現在ウクライナ・キエフ州のイヴァンキブ中央病院に勤務している。

原発事故の影響を隠蔽・過小評価しようとするベラルーシ国家の姿は、まやかしの「事故収束宣言」を出した野田首相の日本国家の姿と重なる。日本の原発事故の実態や放射能汚染の影響にたいする姿勢は、ベラルーシと二重写しになる。

それにしても、あのフジテレビがよくぞこんなドキュメンタリーを作ったものだ。もう、TVのバラエティの時代は終わっている。収束宣言ならぬ、バラエティ終息宣言をしたほういいだろう。これからTVが生き残る道は真実を追求するドキュメンタリーであることに、テレビ会社は早く気がついてほしい。

そして、もう一作はNHKスペシャル「シリーズ原発危機 メルトダウン ~福島第一原発 あのとき何が~」。3.11の地震と津波から爆発までの原子炉内部と制御室現場の実態を再現したものだ。

いかに東電や政府が非常時への準備を怠ってきたのか。メルトダウン、メルトスルーが起こり、破局的危機が差し迫っているときに、適切な事故対応ができない現場運転員。そしてそんな最中、まるで誤ったメッセージを発信する枝野官房長官。刻々と破局に向かうなか、そんな密室の制御室の実態が時系列で明らかとなる。人類は核エネルギーの安全なコントロールなど不可能である、ということを番組は瞭然に映し出す。

原発というものは、通常に運転されているときにも、常に危険な状態が休みなくつづいている。原子炉を冷やす水が止まると、たちどころにその危険性が発露する。発熱する病気におかされ、解熱剤を投与しつづけないとすぐに高熱で死んでしまう状態。それが原発の常態なのだ。そして、そんな原発が、いまこのときも運転されている。

もしかしたら「収束宣言」をのたまう野田首相の頭、高熱でやられているのではないか。だれか、原発再稼働に猪突猛進する野田に解熱剤をぶちこんでやってくれ。

2011年12月15日木曜日

東電社長語る。第2弾。「責任を取るという言い方が正しいと言うことはともかく」

【ただちに危険だ! 原発通信】№28

東京電力の西沢俊夫社長は朝日新聞のインタビュー(12月7日デジタル版)で東電が除染作業に参加するのは「ボランティアで、協力であり、お手伝い」と語ったが、これ以外にも数多くの「はあっ?」発言を連発している。まずはつぎの朝日新聞の質問にこたえる西沢社長の発言(とくに筆者が引いたアンダーライン)にご注目いただきたい。

――東電の原発事故中間報告書が2日に出ました。「国と相談しながら、安全対策をしてきたが、想定を超えた津波が来てしまった。結果的に事故が起きてしまった」という内容で、東電として事故の責任をどう考えるか、あいまいでした。

「国といっしょになってやってきたというのは、アクシデント・マネジメント(過酷事故対策)も含めて、我々としては安全の対策をそのつど、講じてきたのは確かだと。ただ、やはり、今回の事象を思うと、結果的には、電源がなくなり、冷却が行えなくなり、放射性物質を外に出してしまったということは、事実としてこれを受け止めて、おわびしなければいけないと思っている。(中略)それから、いろいろおしかりを受けて、改善しながらやっているが、賠償だ。我々としてやれることはやらないといけないという思いがあり、私自身もそう思う。事故の収束、安定、賠償きちっとやり遂げることが、責任を取るという言い方が正しいと言うことはともかくとして、それをやるということが、大事だ。法的にうんぬんということとは、また、別だが。それを除いても、われわれとして当事者としてやるべきこととして、この二つはやらないといけないと強く思っている」(朝日新聞12月7日デジタル版)

この西沢社長の発言も突っ込みどころ満載だ。

まず「我々としては安全の対策をそのつど、講じてきたのは確か」についてだが、これは真っ赤なうそだ。それはNHK・Eテレで12月11日放送されたETV特集「シリーズ大震災発掘・第1回・埋もれた警告」を観るだけで明らかだろう。

福島沖に大地震が近い将来、起こる可能性の高いことを警告していた数人の専門家がいた。大地震や大津波が「想定」されていたのである。しかし、東電や文科省、経産省、それに御用学者は、この「想定」をいろいろな理由をつけて闇に葬り、何らの対策もとらなかったのである。しかも番組は、実は東電内部でも15メートル級の津波が福島沿岸に来ることを想定していたことを詳らかにする。

では、なぜ東電は大地震や大津波の対策を講じなかったのか。金がかかるからである。ただそれだけの理由だ。自分たちの金儲けのために、「想定」をしないことにしたのである。

つぎに「今回の事象」という発言だ。これは原発推進派が責任回避するための象徴的な言葉である。

福島第一原発がつぎつぎと爆発したとき、NHKをはじめ各テレビ局に出ていた原子力の専門家と紹介された御用学者はなんと言ったか。「爆発的事象」と発したよね。誰が見ても爆発そのものなのに、彼らは「爆発」とは言わないのだ。「爆発的事象」とは「爆発のようなもの」と言っているのだ。

そして西沢社長は東京電力福島第一原子力発電所事故、つまり4基の原発大爆発及び放射性物質ばらまき事件を「今回の事象」と呼ぶわけである。そう、「なんか原発の事故のようなものが起きちゃって」と言っているわけだ。そのうち、放射性障害で人が死んだことが証明されても、きっと「死亡的事象」と言うだろう。いや、原発事故で地球が滅亡するときでも、彼らなら「地球滅亡的事象」と呼ぶはずだ。

さらに「電源がなくなり、冷却が行えなくなり、放射性物質を外に出してしまった」というのは、原発が地震で壊れたことを隠蔽し、あくまで想定外の津波によるものだ、ということを言外に含んでいる。

そして、これらの発言はつぎの「責任を取るという言い方が正しいと言うことはともかくとして、それをやるということが、大事だ。法的にうんぬんということとは、また、別だが」という発言に結ばれる。まだこの期に及んでも、責任を認めたくないということなんだろう。

人の身体や人の住む環境に致死性の毒をまいた張本人が「責任を取るという言い方が正しいと言うことはともかくとして」なんて言葉をよくも吐けるものだ。この発言を聞いて、放射能汚染に見舞われた住民のなかで、怒らない人が一人でもいるだろうか。

こんな邪悪な感性とこんな発言をする者が社長になる会社が、放射性物質という人類の手に負えない危険極まりのないものを扱っていたのだ。

東電は責任をとりたくないのだ。より正確に言えば、法的な責任から逃れたいのである。可能なかぎり責任を小さくして、その賠償を値切り倒したいのだ。そういう心根があるから「法的にうんぬんということとは、また、別だが」とか「除染はボランティア、協力、お手伝い」という言葉を吐いてしまうのである。

これらの発言は、責任を問われない除染作業や東電が主導権を握る「賠償」には応じるが、もし法的な賠償訴訟をするなら徹底的に争うという意思表明でもある。それを余すことなく露呈したのが、福島ゴルフ場の除染・損害賠償請求の仮処分申請での東電側の主張だ。

東電の答弁には、放射性物質について「もともと無主物であったと考えるのが実態に即している」とある。福島原発で爆発し拡散した放射性物質は東電の所有物ではないので、東電は除染に責任をもたない、というのが東電の主張である。

そう、これこそ東電の本音そのものではないか。これは除染だけの話ではない。もしこの天下御免の「無主物論法」がまかり通るなら、賠償も、さらにたとえ原発事故の放射性障害で人が病気になろうが死のうが責任はない、ということになる。だって、東電のものではない無主物なんだもの。

この東電社長の発言は、「嘘」「言葉のすり替え」「責任回避」の自己表明以外なにものでもない。そして、このような東京電力の体質があるかぎり、今後稼働をたくらむ柏崎刈羽原発(7基中、事故と定期検査で5基が停止中、2基が運転稼働中。この2基も来年1月と3月に定期検査に入り、東電の原発は全て停止する)が、もし運転を再開するなら、ふたたびフクイチの二の舞になる大事故が起こる可能性はきわめて高いだろう。そうなれば、すくなくとも日本という国は完膚なきまでに崩壊するだろう。

なお、NHKのETV特集「シリーズ大震災発掘・第1回・埋もれた警告」は最上級のドキュメンタリーだろう。この番組の制作者に満腔から讃辞をおくります。

2011年12月8日木曜日

東電社長語る。東電が除染作業に参加するのは「ボランティア」「協力」「お手伝い」

【ただちに危険だ! 原発通信】№27

きのう7日の朝日新聞朝刊に東京電力西沢俊夫社長のインタビューが掲載された。紙面では一部抜粋しかなく、全部はデジタル版に載っている。そのデジタル版を見ると、西沢社長のことばに眼を疑うと同時に激しい憤りをおぼえた。その西沢社長のインタビューは突っ込みどころ満載だが、きょうはつぎの「ことば」を指摘したい。

――賠償の対象として今後、除染費用も対象になるかもしれません。

西沢「除染はよく分からない。今、細野環境相が一生懸命、国の予算をとって頂いている。我々も除染の作業のチームへ入ったり、市町村への説明の作業にも一緒に入ったり、ボランティアをしたりと、いろんな形で協力をさせて頂いているが、除染の特別措置法では、国が費用を原子力事業者に請求することができるとなっている。そこは国もどう考えるかっていうのはちょっとこれからだと思うが、どうするかよく考えていく。除染について、本当に地域の方々のお気持ちは分かる。しっかり、我々も国といっしょになってお手伝いできればと思っている」 (朝日新聞デジタル版2011年12月7日)

まず、東電の社員がどこで除染チームに入ったのか。具体的詳細に、それを教えてもらいたい。東電第一原子力発電所周辺の自治体が東電にマンパワーを要請したとき、にべもなく拒否したのはどこのだれだったのか。

それにもっとも腹立たしかったのはつぎのことばだ。「ボランティアをしたりと、いろんな形で協力をさせて頂いているが」「国といっしょにお手伝いできれば」おい、お前が「ボランティア」とか「協力させて頂いている」、あるいは「お手伝い」ということばを使うな。

どこの世界に、加害者が被害の後始末をすることを「ボランティア」「協力」「お手伝い」と言うのか。ここでこういうことばは、善意なる第三者がつかうことばだろう。

東電はまるで「善意」で、まさにボランティアの精神でやってます、と言っているように聞こえる。東電としては別にこういう作業をする義務はないが、善意のボランティアで協力、お手伝いしています、ということか。

しかも、「除染はよく分からない」だと。要するに除染費用は出したくないということだろう。そして東電従業員の人的な供出もお手伝い程度ならやります、ということだ。

こういうことばが全国紙のインタビューで出てくるというのは、いったいどういうことなんだろうか。ここでこういうことばが出てくるのは、東電という企業体の本音を吐露しているとみてまちがいあるまい。

しかも、東電がなしたことは人類史的な罪ではないか。これから数年、数十年、いや数百年と、どこまで被害が拡大するか見当もつかないのだ。胎児・乳幼児もふくめた現在を生きる人びとはもちろん、今後誕生する何世代もの人びとの健康と生命と環境をも危険に落とし込めるのだ。

そういう巨大犯罪の犯人、加害者の代表が、よくも「ボランティア」「協力」「お手伝い」ということばが吐けるものだ。

ところで、東京電力福島第1原発副長の平田敬一朗容疑者(45)が衣料品セール会場で値札を付け替えて詐欺容疑逮捕されたのは11月19日正午だ。この日は土曜日。そう終末は勤務がお休みで東京の自宅に戻っていたのだ。

15万人もの人びとが原発事故で避難生活を余儀なくされ、そして何千万人の人びとが健康と生命を脅かされ、財産や仕事など生活の糧を奪われているとき、東電の幹部社員は終末にはきっちりお休みをとり、果てはセール会場で詐欺行為なのだ。

西沢社長の「ボランティア」「協力」「お手伝い」ということば。第1原発副長の詐欺行為。この両者のことばと行為に、埋めきれない乖離を感じるのは筆者だけなのだろうか。